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大阪地方裁判所 平成3年(行ウ)20号 判決

原告

川上節夫

右訴訟代理人弁護士

上山勤

谷智恵子

杉本吉史

被告

茨木労働基準監督署長近藤紘司

右指定代理人

巖文隆

嶋田昌和

田中義郎

井上昭二

川村基次

石田雅一

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が原告に対して平成元年三月三一日付けでした労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づく休業補償給付を支給しないとの決定(以下「本件処分」という。)を取り消す。

第二事案の概要

本件は、原告が、急性心筋梗塞等を発症したのは、その業務に起因するものであると主張して、被告に対し、労災保険法に基づく休業補償給付を請求したところ、被告が、右発症は業務に起因するものではないとして、これを支給しないとの決定をしたため、右発症が業務に起因することは明らかであり右決定が違法であると主張して、その取消しを求めた事案である。

一  争いのない事実

1  本件疾病の発症

原告(昭和七年二月二五日生)は、西武運送株式会社(以下「訴外会社」という。)にトラック運転手として勤務し、昭和六一年一二月二八日、静岡県沼津市所在の同社沼津総合ターミナル(以下「沼津ターミナル」という。)において、原告が、荷物の上に上がり、後方から同社従業員岩佐義夫(以下「岩佐」という。)の差し出す荷物を受け取り、前方のトラック荷台へ積み直す作業をしていたところ、重さ約二〇キログラムの荷物を持ったまま転倒した(以下「本件転倒事故」という。)。原告は、右作業終了後、胸が苦しいと訴えて、同日、沼津夜間緊急医療センターに緊急入院したが、応急手当てを受けた上、沼津市民病院へ転送され、さらに医療法人岡村記念病院(以下、「岡村記念病院」という。)に転医したが、同病院において、急性心筋梗塞等の診断を受けた。

2  本件処分

(一) 原告は、昭和六二年四月一三日、被告に対し、右急性心筋梗塞の発症が業務上の災害であるとして、労災保険法に基づく休業補償給付の支給を請求した。右請求に対し、被告は、平成元年三月三一日、本件発症が業務に起因するものではないとしてこれを支給しないとの決定をした。

(二) 原告は、労働者災害補償保険審査官に対し、本件処分について審査請求をしたが、同審査官は、平成三年二月一日、右請求を棄却する旨の決定をした。

(三) 原告は、同年三月七日、労働保険審査会に対し、再審査請求をしたが、平成六年三月三〇日、右請求を棄却する旨の裁決がされた(右裁決については、〈証拠略〉により認定する。)。

二  主たる争点

原告の急性心筋梗塞の発症は、業務に起因するものであるか。

(原告の主張)

原告の急性心筋梗塞の発症は業務に起因するものである。

1 業務と本件疾病との間に相当因果関係が肯定されるためには、業務が本件疾病の発症の相対的に有力な原因となっていることを要するものではなく、共働原因であれば足りる。

2 本件急性心筋梗塞の発症は、原告が本件転倒事故により胸部と背部を強打し、その結果鈍的外傷を受けたことにより発症したものであるので、業務に起因することが明らかである。

(一) 原告は、昭和六一年一二月二八日、静岡県沼津市所在の沼津ターミナルにおいて、荷物の上に上がり、後方から岩佐の差し出す荷物を受け取り、前方のトラック荷台へ積み直す作業をしていたが、二、三〇キログラムの重さのみかん箱大の荷物を受け取った時、足もとのバランスを失い、荷物を両手で抱えたまま、仰向けに倒れ、胸と背中を直接荷物と床で強打した。

原告は、その瞬間、胸と両肩に締めつけられるような強い圧迫感と息の詰まる感じをもち、その状態が約一分間継続し、その後も呼吸も十分に吸えず、荷物を持つことも気がすすまない状況が継続し、その後の積込作業では、実質作業ができず、手を添えるにすぎない状態であった。

原告は、右作業後、トラックを運転して、前方へ数メートル移動させ、運転台から降りようとした時気分が悪くなり、足の力が抜けて歩けないという感じとなり、トラックの車体につかまってその後部へ行ったが、体中に冷や汗が吹き出し、しゃがみこんで動けなくなり、岩佐らにより緊急入院させられた。

(二) 急性心筋梗塞は、冠動脈に内的閉塞が生じ、その血液灌流域の壊死を生ずる病態であるが、鈍的外傷によっても、以下の機序で発生し、その発生率は、一五パーセントから七〇パーセントにもなるという医学文献もある。

(1) 冠動脈硬化斑の亀裂を起こし、そこに出血・凝固の機序やときに冠れん縮機序も関連し、血栓を形成して、冠動脈に閉塞を発生させる。

(2) 冠血管内腔にわずかな傷を生じ、それがもとで動脈硬化の急激な発生、冠れん縮の関与、血栓の形成などを発生させる。

(3) 非常に強い冠れん縮を引き起こして閉塞させる。

(4) 傷害された心筋内に血栓を生じ、それが冠血管内への塞栓となって閉塞を発生させる。

(5) 冠動脈の破裂を生じて、心筋への血液灌流が途絶する。

(6) 冠血管内腔のわずかな傷が広がって動脈解離を発生させる。

(三) (二)の機序は、単独又は複合して発生するが、原告の場合、右冠動脈が完全に閉塞したことによる心筋梗塞であり、心筋梗塞後の冠動脈造影によれば、他の二枝にも多少なりとも狭窄症があり、高血圧症、喫煙もあったことからすると、(1)が主な機序であったというべきである。

(四) 以上のように、本件急性心筋梗塞の発症は、原告が業務中に本件転倒事故により胸部と背部を強打し、その結果鈍的外傷を受けたことにより発症したものであることが明らかである。

(五) 被告は、労働省労働基準局長通達昭和六二年一〇月二六日基発第六二〇号「脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準について」(以下「本件通達」という。)が、労働基準法施行規則別表第一の二の第一号所定の「業務上の負傷に起因する疾病」には、心筋梗塞が含まれていないことを理由に、本件疾病の業務起因性を否定する。しかし、前記のように、原告が業務中に本件転倒事故により受けた鈍的外傷と本件急性心筋梗塞との間に相当因果関係があることが明らかである以上、本件急性心筋梗塞は、少なくとも同表第九号所定の「その他業務に起因することの明らかな疾患」に当たると解すべきである。また、原告の転倒事故は、本件通達本文記の2、「業務に起因することの明らかな脳血管疾患及び虚血性心疾患等」に定める「業務による明らかな過重負荷」のうちの(1)イの「発症形(ママ)態を時間的及び場所的に明確にし得る異常な出来事」に該当するものである。

すなわち、右通達においては、「異常な出来事」とは、(イ)極度の緊張、恐怖、驚愕等の強度の精神的負荷を引き起こす突発的又は予測困難な異常事態、(ロ)緊急に強度の身体的負荷を強いられる突発的又は予測困難な異常な出来事、(ハ)急激で著しい作業環境の悪化である、と解説しているが、本件における突然の転倒による胸部の強打という出来事は右(イ)及び(ロ)に該当するものである。

したがって、本件発症について、業務起因性が肯定されるべきである。

3 本件急性心筋梗塞は、前記のとおり、本件転倒事故により原告が胸部と背部を強打したことが直接の原因であるが、発症前に過重な業務に従事したことによる極度の蓄積疲労も間接的な原因となっている。

(一) 原告の業務内容は、通常三日を一単位とする東京、大阪間の一一トントラック(二人乗務)の運行、荷積み、荷降ろし作業であるが、その業務形態は次のとおりである。

(1) 第一日目午後四時ないし六時ころ、同社北大阪総合ターミナル支店(以下「北大阪ターミナル」という。)に出勤し、車両を整備して荷物を積み込み、午後七時三〇分ころ、右ターミナルを出発して、大阪で一、二箇所の営業所を回り、荷物を更に積み込んだ後、午後九時ないし一〇時ころ、大阪を出発する。その後、他の乗務員一名と適宜交替で運転しながら、午前一時ころ静岡県牧之原管理センターにおいて、三〇分間点検休憩をして、午前三時ころ神奈川県平塚、午前四時ころ東京ターミナル、午前六時三〇分ころ茨城ターミナルへそれぞれ到着して荷降ろしを行う。

(2) 二日目午後九時点呼を受け、同地及び一、二箇所の営業所で更に荷積みをして、午前六時ころ、京都に到着し、三、四箇所の営業所で荷降ろしをして、午前一一時ころ勤務を終了する。

(二) 以上のように、原告の作業内容は、深夜右トラックを長距離運転するもので、肉体的精神的疲労を蓄積する業務である上、昼間眠り、夜業務に従事するという、精神的肉体的に負担の多い勤務形態であった。また、一勤務中計四四トンの荷物の積降ろしを二人で行い、一〇〇キロ以上の荷物はリフト車を使用して作業するが、右作業は神経疲労を伴う作業であった。また、一〇〇キロ以下の荷物は二人が手作業で積降ろしを行った。

(三) 原告の発症一〇日前である昭和六一年一二月一八日から発症日までの間の拘束時間は、同月一八日二四時間、一九日一〇時間三〇分及び四時間三五分、二〇日二四時間、二一日一一時間、二二日七時間三〇分、二三日二四時間、二五日休日、二六日七時間三〇分、二七日二四時間であって、一日平均約一四時間四三分であり、右拘束時間中休憩仮眠を除く時間は、平均一〇時間三六分であり、所定労働時間七時間を大幅に超えている。

(四) また、原告は、同月三日から一四日まで休日をとっていない上、三日間の勤務を終え、朝帰着後、その日の夕方から再び三日間の勤務についたことが、三回もあり、その勤務は著しく過重である。

(五) 原告は、前記の過重な業務により疲労とストレスを蓄積したものであり、このような疲労やストレスは、大脳に作用し、自律神経中、交感神経を刺激して緊張状態をもたらすとともに、脳下垂体や副腎系に作用して、各種ホルモンの分泌を促すが、このような状態が繰り返され、持続されることにより、血圧上昇、血管の痙攣などを引き起こし、血液の凝結性も高くなって、動脈硬化・梗塞・出血などを発生させる。

4 以上のとおり、本件急性心筋梗塞は、前記打撲による鈍的外傷と過重な業務による蓄積疲労、ストレスとが、共働原因になって発症したものであるから、本件発症と業務との間には相当因果関係が認められる。

(被告の主張)

本件発症は、業務に起因するものではなく、原告の冠動脈の動脈硬化病変が自然的経過により増悪し、冠動脈の閉塞、狭窄に至ったことによるもので、業務遂行中に急性心筋梗塞が偶発したものにすぎない。

すなわち、労働者が疾病を発症した場合において、労災保険法に基づく休業補償給付支給がされるためには、業務と発症との間に相当因果関係のあることを要し、右相当因果関係が認められるためには、右疾病が、労働基準法施行規則別表第一の二に定める疾病に該当することを要する(同法七五条、七六条)。

しかし、本件発症は、同表第一号所定の「業務上の負傷に起因する疾病」又は同九号所定の「その他業務に起因することの明らかな疾病」など同表各号所定のいずれの疾病にも該当しない。

1 本件発症は、同表第一号所定の「業務上の負傷に起因する疾病」に該当せず、本件転倒事故は、本件発症の原因ではない。

(一) 本件通達によれば、「業務上の負傷に起因する疾病」と認定される虚血性心疾患には、心筋梗塞が含まれていないのであるから、医学経験則上、そもそも負傷と心筋梗塞との間には因果関係が認められないことが明らかである。

(二) のみならず、原告を直接診断した岡村記念病院の岡村、坂本両医師が、本件発症の最も重要な因子が冠動脈硬化であって、本件転倒事故の際の打撲ではないと診断している上、原告は、本件転倒事故後、直ちに立ち上がり、胸の苦痛を訴えることもなく、引き続き荷物の積み直し作業に従事し、本件発症直後沼津夜間救急医療センター及び岡村記念病院において診断を受けた際にも、原告の胸部には外傷はもとより何の皮膚反応もなかったことからすれば、原告が仮に本件転倒事故により胸部に衝撃を受けたとしても、右衝撃は、原告主張のように急性心筋梗塞を発症させるに足りるほど強度なものではなかったことが明らかである。

(三) したがって、本件転倒事故が本件発症の原因でないことは明らかである。

2 原告の業務は、日常業務に比較して特に過重なものとはいえず、その業務も本件発症の原因とは認められない。

(一) 本件通達に基づく認定基準では、虚血性心疾患が「業務に起因することが明らかな疾病」であると認定されるためには、〈1〉発生状態を時間的場所的に明確にし得る異常な出来事(業務に関する出来事に限る。)に遭遇したこと又は日常業務に比較して特に過重な業務に就労したことのいずれかにより、業務上明らかな過重負荷を発症前に受けたこと、〈2〉過重負荷を受けてから症状の出現までの時間的経過が医学上妥当なものであることを要する。

そして、過重負荷とは、虚血性心疾患等の発症の基礎となる病態(血管病変等)をその自然的経過(加齢、一般生活において生体が受ける通常の要因による血管病変等の経過)を超えて急激に著しく増悪させることが、医学経験則上認められる負荷をいい、また、日常業務に比較して特に過重な業務とは、通常の所定の業務内容等に比較して特に過重な精神的、身体的負荷を生じさせたと客観的に認められる業務をいい、その判断に際しては、発症に最も密接な関連を有する業務である発症直前から前日までの業務について、まず過重性を判断し、次に発症前一週間以内の業務の過重性を判断すべきであり、発症一週間前より前の業務は、発症前一週間の業務の過重性の判断について付加的要因として考慮するにとどめるべきである。

(二) 原告が発症前に従事した業務は、過重なものではない。

(1) 本件発症時に従事していた運行日程の第一日である昭和六一年一二月二六日の実作業時間は、運転時間三時間三〇分、荷役作業時間四時間、同二七日運転時間三時間四五分、荷役作業時間四時間一五分、同月二八日運転時間四五分、荷役作業時間四五分で、特に過重な業務とはいえない。

しかも、右運行日程は、同月二四日午前一〇時七分に退勤した後、同月二五日の休日を経て、同月二六日午後三時四九分に出勤するまで五四時間の自由時間を経た後に開始されたものである上、右運行日程中も、原告は、同月二七日午前七時から午後六時まで一一時間の休憩仮眠を取っていることからしても、過重なものといえないことが明らかである。

(2) 本件発症前二週間の業務についても、原告の通常の業務の継続である上、この間に二日の休日があり、しかも、出勤日においても、平均一二時間の休息時間(休憩、仮眠、自由時間)があることからしても、原告の業務が過重であるとはいえないことが明らかである。

3 原告は、本件発症後の岡村記念病院における冠動脈造影により、右冠動脈完全閉塞、左冠動脈前下行枝五〇パーセント及び左冠動脈鈍縁枝九〇パーセントの各狭窄が認められ、冠動脈三枝に動脈硬化病変が認められたところ、動脈硬化による狭窄は、数か月ないし数年という単位で進行するものであること、冠動脈三枝に動脈硬化病変がある場合には、一枝又は二枝に右病変がある場合と比較して日常生活において心筋梗塞を非常に発症しやすいことからすれば、本件発症は、原告の右冠動脈の病変が自然的経過により増悪し、冠動脈の閉鎖狭窄に至ったことによるものとみるのが合理的である。

三  証拠

記録中の証拠に関する目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第三争点に対する判断

一  前記の争いのない事実に証拠(〈証拠・人証略〉)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

1  原告の業務内容(〈証拠略〉、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨)

(一) 原告(昭和七年二月二五日生)は、昭和四六年一月、訴外会社にトラック運転手として雇用され、昭和五五年一月から同社北大阪ターミナルの所属となり、大阪と関東地方との間を、一〇トントラックに他の従業員一名と共に乗車して荷物の運搬を行い、運転と荷物の積降ろし作業に共同で従事した。

運搬する荷物は、宅配荷物及び企業荷物であり、形、大きさ、重さとも様々であり、荷積作業は、重い荷物の場合には、フォークリフトを使用するほか、台車へ乗せて荷台へ運び込んだ後、人力で形、大きさ、行き先別に整理して積み込むという作業である。

(二) 原告の運行日程は、おおむね以下のとおりである。

(1) 原告は、第一日目の午後四時ないし六時ころ北大阪ターミナルに出勤し、車両を整備して荷物を積み込み、午後七時三〇分ころ右ターミナルを出発して大阪で一、二箇所の営業所を回って荷物を更に積み込んだ後、午後九時ないし一〇時ころ大阪を出発し、他の乗務員一名と適宜交替で運転しながら、第二日目午後一時ころ静岡県牧之原管理センターで三〇分間点検休憩した後、午前三時ころ神奈川県平塚へ、午後四時ころ東京ターミナルへ、午前六時半ころ茨城ターミナルへ、それぞれ到着する。

(2) 原告は、同ターミナルにおいて第二日目の午前中に荷降ろし作業を完了した上、同日午後九時ころまで同ターミナルの仮眠室で休息仮眠を取る。

(3) 原告は、二日目午後九時点呼を受け、同地及び一、二箇所の営業所で更に荷積みをして大阪方面へ出発し、午前六時ころ京都に到着し、三、四箇所の営業所で荷降ろしをした後、午前一一時ころ北大阪ターミナルで勤務を終了する。

2  本件発症前の原告の勤務内容(〈証拠略〉原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨)

(一) 原告の昭和六一年一一月一六日から同年一二月一五日までの間の出勤日数は、二四日であり、この間の運行回数一〇回、うち五回が三日間の勤務を終え、朝帰着後、その日の夕方から再び三日間の勤務につくというものであり、時間外勤務時間四六・七時間、休日出勤時間二四・三時間であった。

(二) 原告の同月一四日から二四日までの業務時間は、以下のとおりである(なお、拘束時間の内、括弧内記載の時間以外の時間は手待ち時間である。)。

(1) 同月一四日

拘束時間 一〇時間(内運転時間五時間一五分、荷役作業時間 一時間二〇分)

(2) 同月一五日

休日

(3) 同月一六日

休日

(4) 同月一七日

拘束時間 七時間三〇分(内運転時間 四時間、荷役作業時間 三時間三〇分)

(5) 同月一八日

拘束時間一七時間(内運転時間 三時間四五分、荷役作業時間 六時間)

(6) 同月一九日

拘束時間一五時間一五分(内運転時間 三時間三〇分、荷役作業時間 四時間)

(7) 同月二〇日

拘束時間一七時間(内運転時間 五時間、荷役作業時間 六時間一五分)

(8) 同月二一日

拘束時間一一時間(内運転時間 四時間一五分、荷役作業時間 二時間三〇分)

(9) 同月二二日

拘束時間七時間三〇分(内運転時間四時間、荷役作業時間 三時間三〇分)

(10) 同月二三日

拘束時間一七時間四五分(内運転時間 五時間一五分、荷役作業時間 六時間)

(11) 同月二四日

拘束時間一〇時間(内運転時間 四時間一五分、荷役作業時間 一時間一五分)

(三) 本件発症日を含む運行日程における原告の業務内容は以下のとおりであり、原告の実作業時間は、第一日目である同月二六日が、運転時間三時間三〇分、荷役作業時間四時間の計七時間三〇分、第二日目である同月二七日が、運転時間三時間四五分、荷役作業時間四時間一五分の計八時間、第三日目である同月二八日が、運転時間四五分、荷役作業時間四五分の計一時間一五分であった。

(1) 原告は、同月二四日午前一〇時ころ前回の勤務から退勤し、同月二五日を休日として過ごした後、同月二六日午後三時四九分北大阪ターミナルに出勤した。

(2) 原告は、午後四時三〇分ころから、同僚であり実弟でもある岩佐と共に荷積み作業を約三時間行い、午後七時三〇分ころ、原告の運転で北大阪ターミナルを出発し、約三〇分で訴外会社東大阪営業所に到着して約一時間の荷積み作業を行い、午後九時ころ、原告の運転で同営業所を出発して関東方面に向かった。

(3) その後、原告が運転を継続し、翌二七日午前一時ころ、静岡県牧之原管理センターに到着し、約三〇分間、休憩と点検などを行った後、岩佐の運転で同センターを出発し、同日午前三時、神奈川県平塚営業所に到着し、同所において岩佐が荷降ろし作業を行った(原告は手待ち時間)後、同日午前三時三〇分、岩佐の運転で同営業所を出発し、同日午前四時三〇分ころ、東京貨物ターミナルに到着した。原告と岩佐は、同ターミナルにおいて約三〇分間荷降ろし作業を行った後、岩佐の運転で同ターミナルを出発し、午前六時三〇分ころ茨城総合ターミナルに到着し、午前七時までに荷降ろし作業を完了して、以後自由時間となり、原告は就寝した。

(4) 原告は、同日午後五時ころ、起床し、食事後、午後六時ころ点呼を受け、荷積作業をした上、午後九時一五分ころ、原告の運転で大阪方面に出発した。

3  本件転倒事故と本件発症(〈証拠略〉、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨)

(一) 原告と岩佐は、原告の運転で翌二八日午前零時四五分ころ、沼津ターミナルに到着した。

(二) 原告は、同ターミナルで新たに積み込むべき荷物が多かったため、その荷台上にその収納場所を確保するため、既に積込み済みの荷物を積み直そうとして、積まれた荷物の上に上がり、岩佐が下から渡す荷物を前方のトラックの荷台上へ積み直す作業を開始した。

(三) 原告は、右作業中、同日午前一時ころ、いったん重さ約二〇キログラムのダンボール箱(一辺約五〇センチメートル)を受け取って前へ進もうとしたところ、足下が不安定であったため、足を滑らせて、右ダンボール箱を持ったまま、尻餅をついた後、後方へ転倒した。岩佐が「大丈夫か。」と声をかけると、原告は、「おお。」と言って立ち上がり、右作業を続けた。

右作業後、岩佐と同ターミナルの夜勤者が荷積作業を行ったが、岩佐が重い荷物を運ぶのを手伝い、同日午前一時三〇分ころ、原告が、荷台を閉めるため、トラックを運転して停車位置を数メートル前方へ移動し、岩佐が荷台を閉めた後、原告は、トラックを元の停車位置に戻して降車した。

その際、原告が胸が苦しいと訴えたため、岩佐は、直ちに原告を沼津夜間救急医療センターへ車で運び、同センターは、応急手当てをした後、原告を沼津市民病院に転送した。

(四) 原告は、翌二九日岡本記念病院に転医した後、同病院において、急性心筋梗塞、完全房室ブロック、僧帽弁閉鎖不全症、左心室瘤と診断され、同月三一日、体内式ペースメーカー移植術、昭和六二年三月一〇日、僧帽弁置換術、冠動脈バイパス術、左心室瘤切除術の治療を受け(証拠略)、同年五月九日まで入院した。

4  原告の健康状態(〈証拠・人証略〉)

(一) 原告は、本件発症当時五四歳であり、訴外会社の実施する年二回の定期健康診断を、昭和五五年一〇月から昭和六一年一〇月まで受診しており、昭和六一年一〇月の身体検査結果が、身長一五九・六センチメートル、体重六二・五キログラムであった。そして、原告の右健康診断における血圧の検査結果は以下のとおりであり、昭和五五年一〇月に高血圧の疑いが指摘された後、昭和五七年三月以降ほぼ毎回「要高血圧症精検」「血圧再測定(高血圧の疑い)」とされた(〈証拠略〉)。

昭和五五年一〇月 一五八~一〇二

同五六年三月 一五四~九八

同年一〇月 一五〇~九〇

同五七年三月 一七六~一一〇

同年一〇月 一六四~九二

同五八年三月 一五二~九六

同年九月 一五〇~九四

同五九年三月 一四六~九二

同年九月 一五六~一〇〇

同年六〇年三月 一六八~一〇二

同年一〇月 一四六~九八

同六一年三月 一八〇~一一四

同年一〇月 一六八~一〇四

(二) 岡村記念病院の担当医が昭和六二年二月四日に実施した冠動脈造影の結果によれば、原告は、右冠動脈完全閉塞、左冠動脈前下行枝五〇パーセント及び左冠動脈鈍縁枝九〇パーセントの各狭窄があって、冠動脈三枝に動脈硬化病変が認められ、右冠動脈には、側副血行路が認められ、後下壁に巨大な左室瘤が認められた。

(三) 原告は、家族を島根県大田市内に居住させて、単身で訴外会社の寮に居住しており、食事は外食が多く、毎日ではないが二、三合を飲酒するのが習慣となっており、また、一日三〇ないし四〇本の煙草を喫煙していた。

(四) 右動脈硬化による狭窄は、数か月ないし数年という単位で進行するものであり、冠動脈三枝に動脈硬化病変がある場合には日常生活において心筋梗塞を非常に発症しやすく、通常九九パーセントを超えるようなかなり高度の狭窄がなければ、このような側副血行路が生じない。

二  労災保険法に基づく休業補償給付がされるためには、労働者が業務上疾病にかかること、すなわち、その疾病にかかったことが業務に起因する(以下「業務起因性」という。)と認められることが必要であり(労災保険法一二条の八、労働基準法七六条、七五条)、この業務起因性が認められるためには、単に疾病にかかったのが業務の遂行中であるとか、あるいは疾病にかかったことと業務との間に条件的因果関係があるというだけでは足りず、これらの間にいわゆる相当因果関係が存在することが認められなければならない(最高裁昭和五一年(行ツ)第一一号同五一年一一月一二日第二小法廷判決・裁判集民事一一九号一八九頁参照)。

三  原告は、本件転倒事故により、原告が胸部と背部を強く打撲した鈍的外傷により、冠動脈硬化斑の亀裂を起こし、そこに出血・凝固の機序やときに冠れん縮機序も関連し、血栓を形成して冠動脈に閉塞が生じるなどの機序で本件急性心筋梗塞が発症したものであり、本件発症の原因が本件転倒事故による打撲であるので、本件発症と同人の業務との間に相当因果関係が認められる旨主張するので、まず、この点を判断する。

1  (証拠・人証略)及び弁論の全趣旨によれば、急性心筋梗塞は、冠動脈に内的閉塞が生じ、その血液灌流域の壊死を生ずる病態であるが、胸部に衝撃的な力が作用した結果、鈍的外傷を受けた場合にも、〈1〉冠動脈硬化斑の亀裂を起こし、そこに出血・凝固の機序やときに冠れん縮機序も関連し、血栓を形成して、冠動脈に閉塞を発生させる、〈2〉冠血管内膜にわずかな傷を生じ、それがもとで動脈硬化の急激な発生、冠れん縮の関与、血栓の形成などを発生させる、〈3〉非常に強い冠れん縮を引き起こして閉塞させる、〈4〉傷害された心筋内に血栓を生じ、それが冠血管内へ塞栓となって閉塞を発生させる、〈5〉冠動脈の破裂を生じて、心筋への血液灌流が途絶する、〈6〉冠血管内膜のわずかな傷が拡がって動脈解離を発生させるなどの機序が、単独又は複合して、心筋梗塞を発症させることのあることが認められる。

2(一)  しかし、前記認定のように、昭和六二年二月四日実施の冠動脈造影の結果によれば、原告は、右冠動脈完全閉塞、左冠動脈前下行枝五〇パーセント及び左冠動脈鈍縁枝九〇パーセントの各狭窄があって、冠動脈三枝に動脈硬化病変が認められ、右冠動脈に側副血行路、後下壁に巨大な左室瘤が認められたこと、このような動脈硬化による狭窄は、数か月ないし数年という単位で進行するものであること、冠動脈三枝に動脈硬化病変がある場合には日常生活において心筋梗塞を非常に発症しやすいこと、このような側副血行路は、通常九九パーセントを超えるようなかなり高度の狭窄がなければ生じないものであること、原告は一日三〇ないし四〇本の煙草を喫煙するなど右動脈病変を増悪させる生活習慣を長年継続し、昭和五五年当時から高血圧の既往症があったこと、及び(人証略)を総合すれば、本件転倒事故当時、原告は、右動脈硬化が相当進行しており、日常生活などによる右病変の自然的な増悪のみによって急性心筋梗塞等が発症したとしても不自然とはいえないような身体的状態にあったことが認められる。

(二)  また、前記認定のように、本件転倒事故の態様は、原告が、積直し作業中、荷物である重さ約二〇キログラムのダンボール箱(一辺約五〇センチメートル)を持ったまま、尻餅をついた後、後方へ転倒したというものであること、原告は、転倒後胸の痛みを訴えることなく直ちに起き上がり、右作業終了後に行った荷物積込作業の際、岩佐が重い荷物を運ぶの手伝い、その後、トラックを運転して、その停車位置を移動したこと、その間、原告は、同僚であり実弟である岩佐との間の会話の際にも、胸の痛みについて言及していないこと、本件転倒事故から発症まで約三〇分が経過していることが認められる。

(三)  そして、原告を岡村記念病院で診察した森上医師は、被告に提出した意見書(〈証拠略〉)において、原告には、転倒による外傷はなく、転倒による胸部打撲があったとしても、本件急性心筋梗塞と因果関係がないと考える旨の意見を述べていること、原告を診察した岡村記念病院の院長岡村宏医師及び心臓外科医長坂本泰三医師は、大阪労働基準局長に提出した回答書(〈証拠略〉)において、原告は、本件急性心筋梗塞発症前より、冠動脈に動脈硬化性の病変が存在したことに間違いなく、本件急性心筋梗塞発症の最も重要な因子は、冠動脈硬化であると思われ、自分の立場から、原告に対し、心筋梗塞の病因を説明するとしたら、あの時胸を打たなかったら、心筋梗塞にならなかったとは説明しないし、心筋梗塞の主因は、動脈硬化であると説明する旨の意見を述べていること、原告の応急手当てをした沼津夜間救急医療センターの遠藤彰医師は、被告に提出した意見書(〈証拠略〉)において、原告の前胸部の外傷又は皮膚変化についてカルテに記載がなく、これがあったとは明確に言い難い旨述べていること、白井嘉門医師は、被告に提出した意見書(〈証拠略〉)において、心筋梗塞は、激しい胸部痛を伴って発症する疾病であるが、原告が、転倒時やその後の岩佐との会話の際、胸部背部の打撲や胸痛について言及していないことからしても、本件転倒時に急性心筋梗塞が発症したとは考えられず、心筋梗塞の発症が胸部の打撲と因果関係がないとする森上医師の見解に同意ができる旨述べていること、八尾市立病院の米田正太郎医師は、大阪労働基準局審査官に提出した鑑定書(〈証拠略〉)において、原告の場合、外観上顕著な流血を伴うような外傷がなかったものと理解できるところ、鈍面強圧で特に外傷がなくてもショック状態を呈することもあるが、その場合には何らかの皮膚反応があるのが普通であり、本件の心筋梗塞の発症原因と胸部打撲との間には相当因果関係が乏しいと考えられる上、原告は、岡村記念病院で行った冠動脈造影の結果によれば、冠動脈三枝に動脈硬化病変がみられるところ、原告は、右三枝病変がみられる点において、通常の日常生活において心筋梗塞を発症する可能性が非常に高かったものと推察され、原告の本件発症は、労働と因果関係に乏しく、むしろ就労中に偶発したものと考えるのが妥当である旨の意見を述べていること、大阪労災病院の棚橋秀生医師は、大阪労働基準局長に提出した意見書(〈証拠略〉)において、胸部打撲により心筋梗塞が発症する原因としては、冠動脈解離が主な原因と考えられるところ、本件では、冠動脈に冠動脈硬化による狭窄病変が既存しており、また、冠動脈解離を思わせる所見は冠動脈造影上も特になく、このような場合、既存の狭窄病変に血栓などが加わり冠動脈閉塞が起こったと考えるのが常識的であること、本件心筋梗塞の発症は、冠動脈硬化による冠動脈狭窄という既存病変の悪化によるものであり、胸部打撲とは直接関係がないものと考えられ、本件の心筋梗塞発症は、既存病変が偶然業務中に悪化したものであり、業務そのものと因果関係はないものと考えるのが妥当である旨の意見を述べており、(一)、(二)判示の点に照らすと、これらの意見には、格別不合理な点のないことが認められる。

(四)  以上の点に、(人証略)を総合すると、本件転倒事故により、原告が、前記の動脈病変を自然的経過を超えて急激に増悪させ、本件急性心筋梗塞を発症させるに足りる強度の胸部打撲を受け、右胸部打撲の結果、本件急性心筋梗塞が発症したものとは認めるに足りない。

3(一)  これに対し、東医師の意見書(〈証拠略〉)中には、原告が、重量物を持ち運ぶ高度の筋肉労働をしていたにもかかわらず、本件発症日以前には労作性狭心症を考えさせるような胸痛などの症状がなかったので、冠動脈狭窄が存在していたとしても、その程度は短期間の間に自然に閉塞するような強度なものであるとは到底考えにくく、何らかの原因により急激に冠動脈の閉塞の機序が進展したものと考えるのが妥当である旨の記載があり、(人証略)中には同旨の供述がある。

(二)  しかし、(人証略)自身、心筋梗塞の発症前に胸痛や狭心症の発症のない症例が多数あること、労作性狭心症の有無により、狭窄度を判断することが困難であることをいずれも自認する証言をする上、(人証略)によれば、冠動脈に高度な狭窄があり、かなりの労作をかけた場合であっても、胸痛などの症状や労作性狭心症の発症がないまま心筋梗塞が発症する症例も少なくないことが認められ、右事実に昭和六二年二月四日実施の冠動脈造影の結果により明らかな原告の前記認定の症状など2判示の点及び同証人の証言を総合すると、(一)の意見書の記載及び証言のみによって、原告が本件転倒事故により本件急性心筋梗塞を発症させるに足りる強度の胸部打撲を受けたこと及び右打撲の結果、本件急性心筋梗塞が発症したものとは認めるに足りない。

4(一)  原告は、その本人尋問において、ダンボールを抱えたまま転倒して、ダンボールで胸部を強く打った、尻餅もつかずそのまま後ろにひっくり返った、転倒直後、胸と肩に締めつけられるような圧迫感を感じて息の詰まる感じがあった、息を充分吸えない感じが続いた旨供述する。

(二)  しかし、岩佐が、昭和六三年二月三日茨木労働基準監督署において事情聴取を受け、読み聞かせを受けた上、誤りがないものとして署名押印した聴取書(〈証拠略〉)によれば、同人は、右事情聴取の際、本件転倒事故の態様について、原告は、荷物の上に上がり、岩佐から荷物を渡されたが、その際足下が不安定なために足を滑らせ、一辺五〇センチメートル位で重さ二〇キログラム位のダンボールケースを持ったまま尻餅をついたので、岩佐が、「おい、大丈夫か。」と聞くと、「おお。」と言ってすぐ起き上がった旨供述しており、原告が尻餅をつかずに後方へ勢いよく転倒したり、胸部や背部を強く打撲したことを述べていない上、岩佐は、右事情聴取の際、本件転倒事故の時から本件発症までの間に、原告の作業動作についてやや動きが鈍い点があると感じた旨述べているものの、原告について胸痛など心筋梗塞の発症を認めるに足りる言動があった旨も述べていないし、同人が、原告の実弟であることからすれば、同人が、ことさら原告に不利益なことを述べたものとは認め難く、しかも、本件転倒事故が岩佐と原告との間の荷物の手渡作業中に発生したことからすると、岩佐は、相手方である原告の本件転倒事故の経緯を十分に現認しており、事情聴取の際にも、本件転倒事故の態様やその後発症までの原告の様子については詳細に質問されたものと推認される。

以上の点に、原告本人尋問の結果によっても、原告は、本件転倒事故後胸部の痛みを訴えるまでの間、実弟である岩佐に対し、胸部の圧迫感など(一)の供述にある身体状況にあることを述べたとは認められない上、前判示のように、原告が、この間、積直し作業を続行し、積込作業を手伝い、自らトラックを運転して移動させたことなどの点を考え併せると、原告の右供述は信用し難く、右供述をもって本件転倒事故が本件発症の原因であると認めるには足りない。

5(一)  鑑定人中村作成の鑑定書及び同人作成の(証拠略)中には、人が、二〇キログラムの荷物を抱えたまま、尻餅をつかずに後方に転倒した場合、背中に一トン以上、その胸部に三〇〇キログラム以上の大きさの力が瞬間的に作用し、人が、右荷物を抱えたまま、尻餅をついた上で、後方へ転倒した場合でも、背中に約八〇〇キログラム、胸部に二〇〇キログラム弱の大きさの力が瞬間的に作用する旨の記載があり、同鑑定人は同旨の証言をする。

(二)  しかし、本件転倒事故の態様は、人が、二〇キログラムの荷物を抱えたまま、尻餅をつかずに後方に転倒したものでないことは、前判示のとおりであるので、本件鑑定結果中、人が右荷物を抱えたまま尻餅をつかずに後方に転倒した場合、背中に一トン以上、その胸部に三〇〇キログラム以上の大きさの力が瞬間的に作用するとの部分は、本件と前提を異にするものであり、これをもって、本件転倒事故が本件発症の原因であると認めるには足りない。

(三)  また、同鑑定人は、(一)の鑑定結果及び(証拠略)の記載が、人が尻餅をつかずに後方に転倒した場合に人体に作用する力の大きさが、人の身長と同じ長さを有する棒状で均質な物体が、足と地面が接触する地点を支点として回転運動をして倒れた場合に右物体に作用する力の大きさと同一であり、人が尻餅をついた後後方へ転倒した場合に人体に作用する力の大きさが、人の上半身と同一の長さを有する右物体が尻餅をついた地点を支点として回転運動をして倒れた場合に右物体に作用する力の大きさと同一であることを、いずれも前提として、計算したものであり、人体が筋肉、骨などで均質でない素材で構成されていることは、全く考慮せずに計算した旨証言する。

しかし、労働省産業安全研究所主任研究官永田久雄作成の意見書(〈証拠略〉)は、人体が重さの異なる頭部、胴部、胸部から構成され、多数の関節により結合された複合体であるので、その転倒の際の速度やそれに作用する力の大きさは、均質な棒状の物体が転倒した際のそれとは全く異なる上、人体に大きな力が加わっても、筋肉、皮膚、骨格、血液がその力を和らげる作用をして、現実に受ける衝撃力が小さくなるにもかかわらず、右鑑定が、このような人体の衝撃吸収効果を全く考慮せずに、人体に加わる力の大きさを計算しているのであるから、(一)の鑑定結果及び(証拠略)の記載は、人が転倒した際人体に作用する力の大きさを正確に算定したものであるとは到底いえない旨指摘する。

また、澤田徹医師作成の意見書(〈証拠略〉)は、人体が内容の均一な物体ではなく、人間の胸郭自体弾性に富んだ構造であって、外部から力が加わっても、竹籠を押した場合のように衝撃を吸収する上、胸部内の大部分を閉(ママ)める肺は、空気に満たされた袋状の組織である肺胞で構成されているので、胸郭外部から圧力が加わったとしても、肺胞内部の空気が外部へ抜けるため胸郭の内圧が上昇することはほとんど起こらず、結局、右圧力が胸郭内部の組織に作用することは極めて少ない、経験則上、外傷性の心臓損傷は、外力により肋骨が骨折して、直接的に外力が心臓に加わった時に生ずるのが通常であって、臨床上、転倒などによる衝撃波により心筋障害が生じた例は、見当たらない、右鑑定は、人の両腕による筋力や関節の可動性を全く考慮していないが、腕に重量物を持った状態で転倒した場合、腕の筋肉が緊張を高め、重量物の加速によって生ずる付加的な力を相当程度相殺したり、各種の関節運動によって力を分散させるので、この力がすべて胸郭にかかるとは考えられない、結局、胸郭にかかった外力は、過度の胸郭変形や肋骨の骨折などにより、直接胸郭内部の組織に加わるなどのことが生じない限り、胸郭内部の組織に損傷を生ずるとは考え難く、右鑑定結果が、転倒の際、人間の胸郭内の心臓やその周囲の血管に作用する力の大きさを正確に算定したものとは到底いえない旨指摘しており、これらの各指摘には十分な合理性が認められる。

のみならず、前判示のように、原告の胸部には、皮膚変化や外傷が認められなかった上、原告は、本件転倒事故後、岩佐に対し、胸部の痛みや胸部打撲などについて言及せず、積直し作業を続行し、積込作業を手伝い、停車位置移動のため、自らトラックを運転するなどの行動をしていることからしても、原告が胸部及び背部に(一)にあるような大きな外力を受けたものとは考え難いこと、2判示のように、本件転倒事故当時、原告の動脈硬化が相当進行しており、日常生活による自然的経過に伴う右病変の増悪のみによって急性心筋梗塞等が発症したとしても不自然とはいえないような身体的状態にあったこと、本件転倒事故から本件発症まで約三〇分の間隔があったことなどの点も考え併せると、本件転倒事故の際に原告の胸郭内の心臓及びその周囲の血管に対して作用した力の大きさは、前記のような長さを有する棒状の均質な物体が足と地面が接触する地点又は尻餅をついた地点を支点として回転運動をして倒れた場合に右物体に作用する力の大きさと同一であるとは認めるに足りず、したがって、本件鑑定結果及び(証拠略)の記載は、本件と前提を異にするものであって、右鑑定結果をもって、本件転倒事故が本件心筋梗塞発症の原因であると認定するには不十分であるといわざるを得ない。

(四)  最後に、東医師作成の意見書(〈証拠略〉)には、二〇キログラムの荷物をもって転倒した場合には右荷物が五〇センチメートルの高さから自然落下した場合に相当する力が原告の胸部に作用したものと推定されるので、右衝撃的圧力は、同人の心臓に大きな歪みを生じさせるに十分であり、この歪みが冠動脈硬化斑の亀裂を起こし、そこに出血・凝固の機序や冠れん縮機序も関連して、血栓を形成し、冠動脈に閉塞が生じるなどして、本件急性心筋梗塞が発症したものと考えられる旨の記載があり、同医師は、同旨の証言をする。

しかし、(人証略)は、本件転倒事故の態様が、原告が、ダンボール箱を受け取りいったん抱えた上で移動しようとして転倒したのではなく、これを受け取る時には既に倒れ始めており、その上にダンボール箱が乗りかかって来たということを前提として、本件転倒事故により原告の胸部に作用した力の大きさが二〇キログラムの荷物を五〇センチメートルの高さから自然落下させた場合に作用する力の大きさと同一であると判断した旨証言するところ、前判示のように、本件転倒事故の態様は、原告がいったんダンボール箱を受け取って前へ進もうとしたところ、転倒したものであり(原告も、その本人尋問中で、原告がダンボール箱を受け取り、いったん抱えた上、前へ進もうとした途端に転倒した旨供述する。)、本件全証拠によっても、右意見書及び同証人の証言が前提とした本件転倒事故により原告の胸部に作用した力の大きさが、二〇キログラムの荷物を五〇センチメートルの高さから自然落下させた場合に作用する力の大きさと同一であることを認めるに足りず、したがって、右意見書及び(人証略)は、本件事案と前提を異にするものであり、これをもって本件転倒事故が本件心筋梗塞発症の原因であると認定するには不充分であるといわざるを得ず、ほかに右事実を認めるに足りる証拠はない。

6  したがって、本件発症の原因が本件転倒事故による打撲であるという原告の右主張は、採用することができない。

四  原告は、本件急性心筋梗塞は、発症前に原告が過重な業務に従事したことによる極度の蓄積疲労、ストレスが間接的な原因となっているので、業務と本件発症との間には相当因果関係がある旨主張するようであるので、右主張について判断する。

1  前記認定の事実によれば、原告の業務内容は、一〇トントラックの運転と荷積み荷降ろし作業であって、軽作業とはいえないこと、その就労時間の大半が深夜であること、同年一一月一六日から同年一二月一五日までの間、二四日出勤して、この間の運行回数一〇回中五回が三日間の勤務を終え、朝帰着後、その日の夕方から再び三日間の勤務につくというものであり、この間、時間外勤務時間四六・七時間、休日出勤時間二四・三時間であったことが認められる。

2  しかし、前記認定のとおり、本件発症の二週間前である同年一二月一四日から二五日までの一二日間には、三日間の休日があった上、勤務日においても一日平均約一二時間の休息時間(休憩、仮眠、自由時間)があったこと、本件発症日に至る運行の出発前日である同月二五日が休日であり、原告は、同月二四日に退勤後、同月二六日に出勤するまでの間、五三時間以上の自由時間があったこと、右運行の第一日である同月二六日の運転時間が三時間三〇分、荷役作業時間が四時間、同二七日の運転時間が三時間四五分、荷役作業時間が四時間一五分、同月二八日の運転時間が四五分、荷役作業時間が四五分にすぎず、これらの実作業時間はそれほど過酷なものとはいえないこと、原告は、実弟である岩佐と交替で運転に当たり、同人と共同で荷役作業を行ったこと並びに(証拠・人証略)を総合考慮すると、1の事実を考慮しても、原告の業務が、原告の前記の冠動脈病変の基礎疾患をその自然的経過を超えて著しく増悪させ、本件心筋梗塞の発症の原因となるに足りるような過重な業務であったとは認めるに足りず、ほかにこれを認めるに足りる証拠はない。

3  したがって、本件発症前に原告が過重な業務に従事したことによる極度の蓄積疲労やストレスが本件発症の間接的な原因になっていたとする原告の主張も採用することができない。

五  一ないし四の事実を総合すれば、原告の本件転倒事故又は原告の業務の遂行が、原告の基礎疾患である前記認定の冠動脈の病変を自然的経過を超えて急激に増悪させ、本件急性心筋梗塞を発症させた相対的に有力な原因又は共働の原因になったものとは認めることができず、むしろ、本件急性心筋梗塞等は、原告の右冠動脈の病変が自然的経過により増悪して、その勤務中に発症したものと推認するのが相当である。

六  以上によれば、原告の本件急性心筋梗塞の発症と原告の業務との間に相当因果関係が存在すると認めることができないから、その余の点につき判断するまでもなく、右発症に業務起因性がないとしてされた被告の本件処分に違法はなく、原告の本訴請求は理由がない。

(裁判長裁判官 松山恒昭 裁判官 大竹たかし 裁判官 高木陽一)

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